とある双極性Ⅱ型の旅路

双極性Ⅱ型と共に働く日々

軽躁ど真ん中でちょっと振り返ってみる

双極性Ⅱ型と診断されて10数年。

私は自覚症状としてはほとんどの期間がうつで、年に1ヶ月ほど軽躁があるという感じです。

実は今、軽躁ど真ん中です

今、ブログを始めたり、投稿したりしているのも軽躁だからだと思っています。(うつならまずしません)

ちなみに、私は軽躁の時にも気持ちが不安定で落ち込みます
なので、今は、急な坂道を自転車で走り下りている最中のような気分です。
ヒャッホーとは全く思っていません。恐くて泣きそうだけど、坂が終わるまで自分では止められない。そんな感じです。

時系列で遡ってみる

折角ブログを書いているので、今回の軽躁を振り返ってみたいと思います。
これまではきっかけがあって躁転することが多かったので、その観点で書いています。

1月

軽躁っぽいと自分で自覚したのは1月下旬頃。変に積極的で、仕事でも普段なら手を挙げないようなことに手を挙げたりしていました。

その原因は、1月中旬にある試験の面接を受けたこと。準備と、同僚や上司に手伝ってもらって模擬面接もしました。

もう、準備も面接も本当に嫌で嫌で。終わった後の解放感がすごくて、その勢いで躁転し、軽躁状態に入ってしまったように思います。

また、私は面接では「明るくハキハキした人の仮面」を被り、熱意ある人を演じました。
どうやらそれが自己暗示になってしまったようで、自分の言葉に追い立てられるようにして、仕事を頑張り始めたように思います。

11月

ただ、よく考えると、私がその試験を受けることになったのは、2ヵ月前の11月に受験を了承していたからです。それまではずっと断っていたのに、です。

では、なぜ11月の私は試験を了承してしまったのか。(すぐに後悔しましたが…)

10月

10月に仕事のイベントがあり、1ヶ月前から対応に追われました。普段やりとりしない多くの人との打合せ、調整、トラブル対応。当日のイベント対応。

双極性Ⅱ型にとって、社会リズム療法の観点では、生活リズムとコミュニケーションレベルは一定が理想ですが、このイベントで両方を崩してしまいました。

また、イベントで対面する人とのやりとりで、「明るくハキハキした人の仮面」を被っていた時間が長かったことで、時折「仮面」が勝手に出てくるようになりました。

つまり、「仮面」が出ていたときに試験の話題が出て、「仮面」が試験の承諾をしてしまったのです。

<参考>

toki-doki.hatenablog.com

まとめ
  • 10月:イベントで調子を崩す【うつ】
  • 11月:試験を受けると言ってしまう【うつ】
  • 1月:試験の面接後に躁転【うつ→軽躁】

直接的には1月の面接が引き金になって躁転していますが、そうなった原因を突き詰めていくと、10月のイベントだったかも、と思います。

どちらもコミュニケーションレベルが高くなって、調子を崩してしまっています。10月は接する人数が多く、1月は面接での厳しい質問に答えるため緊張とストレスが高かった、と思います。

ただ、軽躁の状態の私の考え方や感じ方は、そうでない私とは全然違います。後になったら全然違うことを思うかもしれません。

軽躁の私が今考えること、という記録として、残しておきます。

軽躁だからブログを書いてる?

軽躁時は、本当は、新しいことを始めない方がいいんだろうなぁと思いながら、2月にブログを始めました。

普段なら様々な不安が湧いてやらないのに、「まぁいいか」と投稿してしまうのは、軽躁だからだと思います。

どこかでうつ転したら、ブログの更新頻度は落ちるでしょうし、もしかしたら書いても公開しなくなるかもしれません。
(というか、不安の余り非公開にしそうです)

双極性障害は自分の状態の自覚が難しく、自覚したとしてもそれは事実として認識できるだけで、気持ちとして実感することが難しい、と私は思っています。
(例えば、今がうつだと分かったとしても、今つらい気持ちが消えるわけではない)

今の私は、軽躁状態だと自覚はしても、今の自分が感じている気持ちの方が強いので、頭の判断と行動が食い違っている状況です。

折角なので、このブログが躁うつチェッカーになるかどうか試してみたいので、書ける内は(ネタがある内は)更新を続けてみようと思います。

ある日突然このブログが消えたら、「うつ転したんだな」と思ってください💦
そうなっても、もしかすると、また次の躁転で戻ってくるかもしれません。

※そう言えば、今回の軽躁は1ヶ月以上続いていますね。終わる気配を感じないんですが、いつまで続くのでしょう…